エナメルボンテージ美学

コスチューム美学の目覚め

1.店長のエナメルボンデージ美学に目覚めるまでの懐古的独り言…

痴女M性感カリスマは『エナメルボンデージ』コスチュームを着たちょっと強め系お姉さま痴女が、お客様を厭らしく全身責めまくる痴女M性感店。エナメルボンデージコスチュームに特化した衣装系の着エロ痴女・M性感に変遷して行った過程には、ボンデージ好きな痴女との出会い、そして私の少年期あたりから雑誌や映画・音楽・ファッション・写真等見た時の視覚的要素と脳内妄想影響が重なり合って根付いたものが開花し、今のボンデージ衣装系着エロフェティッシュの追求に結びついたのかもしれない…
…それは、1955年代。時代は高度成長期真っ只中…まさに三丁目の夕日のような時代背景に生まれて少年期を迎えた。
1966年-日本にビートルズ来日。確か小学5~6年生の頃だったろうか、モノクロTV画面の前に3色フィルターが付いていて、カラーテレビ気分を味わえる下敷きのような『フィルター』。…カラーTVの普及とともにあっと言う間に消えていってしまった記憶しかないが、その画面からビートルズの映像と音楽。子供ながら強烈に記憶に焼きつき、音楽やファッションへの興味の始まりだった。
12才頃だったろうか、ある友との出会いが親友になり音楽の話がきっかけで二人共ビートルズやドノバンにのめり込み、映画・ファッション等、自分達のオリジナル音楽や洋服作りにどっぷりつかる引き金になった。その親友は懐古趣味とマルチな才能がある人物で、数々の雑誌・書籍発刊、TV、ファッション・音楽評論・映画・文筆、クリエイターとしても有名な作品を多数残し今でも著名人として最先端で活躍している。当時はその親友からの影響が一番大きかった。部屋に行けば子供の頃から集めていた手に入らないような洋書や書籍・レコードの宝箱だった。
markin beatles 海外からの情報収集や本・レコード等を集めるのに凄い労力と時間を要さねば手に入らない時代であったにもかかわらず、よくも好きな物を集めたなと言うくらい懐古コレクター館であった。それはまるで『リチャード・マーキン氏』のように‥。リチャード・マーキン氏とは、19世紀末から20世紀中頃まで活躍した画家であり、洒落者紳士でエロティック写真の有名コレクターでもあった。お洒落な紳士でエスカイヤーとかでも特集されたり、ビートルズ等との親交も深く、ビートルズファンは知っているかもだが、『サージャントペパーズ』のアルバムジャケットに顔を覗かしている。‥私の周りは日本アイドル歌手やグループサウンズに夢中になっている友達しかいない中、彼との出会いはまさに情報収集とその共有ができ遊べる唯一の親友になった。ベトナム戦争や学生紛争が世間を騒がしていて衝撃的なニュースばかり。音楽の時代背景で言えば確かビートルズのサージャントペパーズが発売された頃だった。

…米軍基地のすぐ近くで育った私達は基地の中で良く遊んでいた。アメリカ文化が身近にありながらもそこから入って来るアメリカナイズされた文化は、上世代の影響で学生扮装の背景等もあり、何故か嫌いだった思い出がある。食べ物・電化製品・物・音楽・本…それは見た事も食べた事もない新鮮なものばかりだったが、少年ながらもそこには興味は薄かった。ヌード写真が沢山載ってるプレイボーイのヌードやエスカイヤー雑誌等も少年にとっては魅力的ではあったし、開放的なアメリカ文化は未来の象徴とでも言うべきものがあったが、それよりも彼の部屋で見ていた19世紀末(1890年代後期)のデカダン本やクルトワイルの音楽、1920年代~1930年代の映画の女優やファッション等に興味が注がれていた。
モロッコ 『嘆きの天使 …ドイツ・ベルリン生まれの大女優『マレーネ・デートリッヒ』の『嘆きの天使』その美しさと脚線美・官能的歌声・退廃的エロスとかっこ良さ、ハスキーボイス、上目使いな官能的な目…コルセット、ヒールにガーターベルト・シームレスストッキング衣装での演技シーンを観た時が、フェティシズム興味への始まりの第一歩だったかもしれない。映画『モロッコ』‥男装の麗人に扮して、燕尾服・シルクハット・タバコを燻らせ演技するそのポーズのカッコ良さは少年の心を強く突き刺した。

もう一人、今でも忘れられない伝説の大女優がいる、スエーデン生まれの『グレタ・ガルボ』。『肉体と悪魔』などで魅せた悪女ぶり‥情熱的に切なくミステリアスな高貴でクールな魔性の女。毛皮のコートを着ているが下には何も着けていないかもしれない‥。笑顔を見せない女優としても有名、その高貴な眼差しで見つめられると思わず平伏したい激動と服従してもよいと思えるような美しい大女優。

 

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